2014年7月30日〜8月3日の期間で東北海岸沿いを北上し、久慈までいってきました。
工程は大凡下記の通り。
7/30 福島いわき市から原発の立ち入り規制がかかる富岡町まで北上、その後規制区間を越えるため迂回
7/31 南相馬市に入り、同じく原発立ち入り規制のかかるところまで南下。
その後、小高町の様子を見て石巻市へ
8/01 石巻から女川、南三陸などを見ながら気仙沼へ
8/02 気仙沼から陸前高田、大船渡、釜石市、田老地区、宮古市などめぐり、久慈市へ
8/03 久慈から再度南下、田老地区の仮設住宅、仮設商店街をみつけ立ち寄る。
三陸鉄道を2箇所で撮影し、陸前高田で夢の架け橋を再度撮影し帰路へ。
まずは、7/30の福島
いわき市から海岸沿いの道を北上。
薄磯地区を見て、四倉を通過してJビレッジまで行く。
・Jビレッジ手前から海側に入り北上したところ
トンパック(1トンの容量という事らしいです。)が山積みになっている場所を発見
更に北上し、規制少し手前の富岡町
夜間に人と気配はまったくない。
去年訪問した時と比べると明らかに片付けられた箇所があちこちに見られた。
しかし、町としてはほとんど変わることなく1年という時間の経過は感じられない。
この商店がをまっすぐに抜け、住宅街へ。
明かりの落ちた住宅街を抜けていくと、ところどころ一般住宅の目の前にトンパックが積まれている。
去年は無かったそれらには放射性廃棄物のラベルがはられていた。
除染作業後に出たものだろう。
人の居ない町に積み上げられていくトンパック、周囲には山や林が生い茂っている。
除染作業という行為がポーズにしか見えなくなる。
昼間見たものも含め、これらのトンパックはどこへいくのだろう?
この後、規制区間を迂回するためいわき中央まで南下し、山に入って北上。
南相馬市に出る前に空が明るり力尽きて山道で仮眠。
朝南相馬に向けて走りだすと、川沿いにまたしてもトンパックが積まれた箇所があった。
よく見ると、次に積む場所とするのか近くに整地した場所もありました。
南相馬市立小高中学校のグランドに積まれたトンパック。
ここの状態で授業を再開しようとしている?
こちらは福島県立小高工業高校のグランド
小高町の様子。
震災の年にあちこちでみかけたような町が3年半経ったいまでもそこにはあった。
小高町を後にして石巻へ
日が暮れるころに到着。
川開きがあり、交通規制がすでに始まっていた。
メインステージと反対岸に場所を確保
灯篭流しと花火を
下2枚は番組で...
3日目、石巻から女川へ
女川原発
防潮堤を8mかさ上げする工事が行われていました。
復興住宅のある高台にできたサッカー場
去年は基礎工事をしていたような気がするのだが...
全部で8棟、すべてほぼ完成しているようでした。
女川から大川小学校、長面地区、雄勝、南三陸町を見て気仙沼へ入る。
4日目 陸前高田から
陸前高田の夢の架け橋。
近くの山から土を巨大ベルトコンベアで各所へ運んでいる。
陸前高田から大船渡、釜石、宮古を抜け、田老地区へ
去年は立ち入りが禁止されていたスーパー堤防の上に上がること事ができるようになっていた。
向こうの堤防(内側)は上部にかさ上げ工事がされた事が見て取れるが、外灯は倒れたままだった。
普代町の水門
田老町から普代町の水門を見て久慈へ。
5日目
三陸鉄道を撮ろうということになり。
去年見ることができなかった橋の上で停車するポイントへ。
あぁここ!と発見。
上からヘリを飛ばすのは難しいかも...
という事で下に降りる道を探索し、ようやく到着したところで下り線がいきなり到着。
このあと30分ほどまって上り線を空撮。
三陸鉄道をもう一箇所で撮影しようという事になり場所探しをしている時に発見した田老地区の仮設商店街
田老観光ホテルも入っているがこの日は休み。
田老観光ホテルは震災遺構に決まったようです。
この仮設商店街、なんと「たろちゃんハウス」というらしい...
田老の仮設住宅を見たあと、三陸鉄道をもう一箇所で撮影し、再度陸前高田へ。
夢の架け橋を再度空撮する。
45号線付近はこんな感じ。
去年は無かったので1年でこれだけ作られたんですね。
空撮のムービー